「これくらい察してほしい」をやめる

人間関係・コミュニケーション

製造業の現場で20年働き、自分が繊細気質がある事を実感しました。
組織の理不尽さや人間関係のしがらみ、忖度ありきの世界に耐えながら会社員として過ごしました。
その後は独立してアウトソーシング検査業を立ち上げました。
現在は法人成りに至り、経営者として活動しています。
自分が経験してきたことをSNS・ブログを通じて発信。
繊細気質を持っている人に向けて「自分を守る生き方・働き方」を伝えて、生きづらさを抱えている人に伴走する案内人として相談にも応じています。

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「これくらい言わなくても分かるだろう」

「普通は察するよね」

「こんなことをされたら、嫌だと思うに決まってるじゃん」

「なんで分からないんだろう?」

人間関係でイライラするとき、私たちは無意識のうちに、相手に「察すること」を求めています。

そして、相手がこちらの想定以外の行動をすると、

「なんでそんなことするの?」

「普通は分かるでしょ」

「もういい!」

と、内心で怒りが爆発してしまう。

ここで一度考えてみてください。

本当に、相手は分かっていたのでしょうか


「言わなくても分かる」は、実はかなり難しい

私たちは、自分の頭の中にあることを基準にして、相手を判断してしまいます。

自分ならこうする。

自分ならこう考える。

自分なら、ここで気づく。

だから、

「相手も当然そう考えるだろう」

と思ってしまう。

しかし、人間は一人ひとり違います。

例え兄弟、姉妹、親子であろうが違うのです

同じDNAで、同じ細胞の塊のはずなのに、別の個体なのです。

育った環境も違えば、経験も違う。

価値観も違う。

仕事に対する考え方も違う。

人との距離感も違う。

そして何より、人には「気づく人」と「気づかない人」がいる。

細かいところまで目が届く人もいれば、目の前のことしか見えない人もいます。

空気を読むのが得意な人もいれば、空気を読むことが苦手な人もいる。

あえて意地悪をしているわけでも悪意があるわけでもなく。

ただ、本当に気づいていない。

それなのに、

「なんで分からないのかな」

とモヤってしまい、ストレスが溜まる。

これでは、あなたが疲れてしまいます。


「察してほしい」は、自分を苦しめる

「言わなくても分かってほしい」

この気持ちは、非常によく分かります。

本当に大切な相手や、身近な存在の相手、仕事の同僚に対して

「これくらい分かってよ」

と思ってしまう事がたくさんあることでしょう。

しかし、「察してほしい」という思いが強くなるほど、人間関係はこじれていきます。

なぜなら、相手には相手の価値観があるからです。

こちらが、

「こんなことをされたら嫌だな」

と思っていても、相手は、

「別に嫌じゃないし、全然気にならない」

と思っているかもしれない。

こちらが、

「忙しいのだから手伝ってほしい」

と思っていても、相手は、

「まだ大丈夫なんだろう」「それくらい自分でできるだろう」

と思っているかもしれない。

こちらが、

「今は一人にしてほしい」

と思っていても、相手は、

「元気がないから励ましてあげよう」

と思っているかもしれない。

つまり、

こちらの気持ちは、言葉にしなければ相手には正確に伝わらない。

結局のところ人間とは、そういうものなのです。


空気を読むことを「義務」にしない

日本では、

「空気を読む」

ことが非常に重視されていると感じています。

相手の表情を見る。

場の雰囲気を見る。

周囲の状況を見る。

相手が何を考えているのかを推測する。

もちろん、こうした能力は大切です。

しかし、それを相手に強制してしまうと、人間関係が非常に窮屈になります。

「普通はこれくらい察するよね」

「言わなくても分かるよね」

「そんなことも分からないの?」

こうやって「察すること」を相手に要求すると、いつの間にか、

「私の気持ちを当ててください」

というゲームになってしまいます。

でも、残念ながら相手は天才でもなければ、そんな知能指数がないのです。

これくれいに思うくらいで丁度いいです。

こちらの頭の中を見ることはできないのです。

これ以上我慢すると、ストレスが溜まって生活の質が下がってしまう

そうなる前くらいで

分かってほしいことは、自分の言葉で伝える。

結局これが一番シンプルです。

直接話しにくいなら、メッセージアプリや手紙でも良いです。

ここで気をつけたいのは、怒ったり、感情的になった状態で伝えないことも大切です。


「怒る前に伝える」という習慣

たとえば、職場で誰かが何度も仕事を頼んできたとします。

「忙しいのに、なんで分からないの?!」

とイライラする。

でも、その人からすれば、

「まだ仕事を頼んでも大丈夫なんだ」

と思っているのかもしれません。

だったら、

「今かなり仕事が詰まっているので、今日はこれ以上受けるのが難しいです」

と伝えればいいんです。

それだけです。

家族でも同じです。

「なんで手伝ってくれないの?」

と怒る前に、

「今日は疲れているから、これを手伝ってもらえる?」

と言えばいい。

友人でも同じです。

「なんで毎回遅刻するの?」

と怒る前に、

「待つのが苦手だから、次から時間だけは守ってほしい」

と伝える。

相手が知らなかっただけなら、それで解決するかもしれません。

相手を教育するのも、あなたの役目です。

例え、相手が会社の上司、客先、親であろうとも。


「わざわざ怒らなくていい」

ここは非常に大切です。

人間関係で問題が起きたとき、

「我慢するか、怒るか」

の二択にしてしまう人がいます。

でも、本当は怒れる前にたくさんの選択肢があります。

普通に伝えればいいのです。

「それはやめてほしいです」

「私はこうされると嫌です」

「次からこうしてもらえると助かります」

「今は余裕がないので、少し時間をください」

「その言い方はきつく感じます」

これだけでいい。

嫌味を言わなくてもいい。

無視しなくてもいい。

相手を傷つけなくてもいい。

そして、自分が限界まで我慢する必要もありません。

あなたを本当に大切にできるのであなたしかいないのです。


「伝える」と「責める」は違う

ここで注意したいのが、

自分の気持ちを伝えることと、相手を責めることは違う

ということです。

「あなたは本当に気が利かない!」

これは相手を攻撃しています。

一方で、

「私はこうされると困ります」

これは自分の気持ちを伝えています。

この違いは非常に大きいと感じます。

相手を変えようとするのではなく、

自分がどう感じているのかを伝える。

それだけで、言葉はずっと柔らかくなります。


それでも分かってくれない人はいる

「ちゃんと伝えれば、みんな分かってくれる」

というほど世の中は甘くありません。

何度伝えても分かってくれない人もいます。

こちらを尊重しない人もいます。

何度言っても同じことを繰り返す人もいます。

そういう場合でも、

「どうして分かってくれないんだ!」

と何度も怒る必要はありません。

距離を取ればいい。

仕事なら、必要最低限の関わりにする。

友人なら、会う回数を減らす。

家族なら、必要なことだけ話す。

どうしても合わない人とは、離れる。

長期連休になったからといって、会いたくもない親族に会いにいかなくても良いんです。

人間関係は、

「全員と仲良くしなければならない」

ものではありません。

関わってはいけない相手はどうしても一定数、存在するのです。


「鈍感な人が多い」と考えると楽になる

少し乱暴な言い方をすれば、

世の中には、こちらが思っているほど周囲を見ていない人がたくさんいます。

それは必ずしも悪いことではありませんが

鈍感だからこそ、細かいことを気にせず生きられる人もいます。

こちらが気にしていることを、全く気にしていない人もいます。

だから、

「なんで気づかないの?」

ではなく、

「この人には言わないと分からないんだな」

と考えてみる。

これだけでも、かなり楽になります。

あなたと同じレベルの繊細さを持っている人はいないのです。

相手を正しく理解する。

そう考えればいいのです。


「察してほしい人生」から「伝える人生」へ

人生で苦しくなる原因の一つは、

「本当はこうしてほしい」

という気持ちを抱えたまま、それを相手に伝えないことです。

そして相手が「自分の常識の範疇」どおりに動かないと、

「どうしてそんな事ができるんだ?」

と傷つく。

怒りが態度に出て

「この態度で気づけよ」と悪態をついて自分が悪者になっていく。

これは、とてももったいない。

だったら最初から伝えればいい。

「私はこうしてほしい」

「これは嫌です」

「こうされると助かります」

「今はこういう状態です」

自分の気持ちを、自分の言葉で伝える。

それでも相手が応えてくれないなら、そのときに次の判断をすればいい。

これだけでも、人間関係のトラブルはかなり減ります。

「察してほしい」は他人軸で

「伝える」は自分軸なのです


まとめ

「言わなくても分かるだろう」

「普通は察するだろう」

「これくらい気づくだろう」

そう思ってしまう気持ちは痛いほど分かります。

でも、相手は自分ではありません。

考え方も違えば、感じ方も違う。

気づくポイントも違います。

分かってほしいことがあるなら、自分の言葉で伝える。

これが、あなたの苦しみを楽にする行動です。

言うべきことをきちんと伝えて

それでも相手が変わらないなら、距離を取ればいい。

我慢して我慢して、最後に爆発して、あなたが変わり者扱いされる必要なんてありません。

怒りは、限界まで溜めてから出すものではない。

その前に、言葉にして伝えればいいのです。

自分の心を守るために必要なのは

「私はこう思っています」

と、自分の言葉で伝えること。

それでも合わないなら、

「この人とは合わないんだな」

と判断して確実に距離を取ること。

それが家族であろうとも。

「察してくれ」「言わなくても分かるだろう」という相手軸の人生からの脱却。

人生は一度しかありません。

そして一秒、一秒、確実に死期が迫ってきています。

他人が察してくれるのを待って、イライラして、傷ついて、怒っている時間はもったいない。

伝えればいい。

離れればいい。

そして、もっと穏やかに生きればいいのです。

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