こちらが真剣に向き合っても、相手が離れていってしまうことがあります。
職場、友人関係、あるいは恋愛。
「自分なりに誠実に接し、歩み寄る努力もした」にも関わらず、ある日を境に連絡が減り、最終的には音信不通。
こういったお別れに直面すると、どうしても自分を責めてしまいがちです。
「もっとできたことがあったのでは?」
「あの時、強引にでも引き止めればよかったのでは?」
「何か嫌われることをしたのかもしれない」
このように考えて悩む必要はありません。
誠意を尽くしたにも関わらず、相手が離れていったのなら、「それで良かった」という結論にほかなりません。
この切ない別れにどう向き合えばいいか、考えていこうと思います。
誠意を尽くして離れる人は、最初から合っていない
人間関係における「関係の終わり」には大きく2つのパターンがあります。
1.お互いに無関心になり、自然消滅する場合
2.一方が真剣に向き合っているのに、相手が明確に離れていく場合
「1」は時間の経過や環境の変化にともなう自然なものですが、問題は「2」です。
「こちらが歩み寄っているのに、相手が一方的にシャットダウンしてくる」この種類の終わり方には一定に心理的背景があることがわかっています。
自己愛の強い人は“誠意”を負担に感じる
通常であれば「誠意あるコミュニケーション」は関係の質を高める最善の方法とされています。
しかし、自己愛傾向が強い相手にとっては、こちらの誠実さが「過干渉」や「自分への要求」と受け取られてしまうことがあります。
誠意を向けること自体が相手に相手にとってストレスになるのです。
このズレが、関係の終わりを引き起こす要因になり得ています。
誠意を尽くしたあなたが間違っていたわけではなく、相手が受け止める器を持っていなかった。
これが事実です。

無理に追わない方が良い理由:心理的逆効果
相手が去っていくと、どうしても「なぜ?」という気持ちつもり、連絡を取りたくなったり、答えを求めたくなったりします。
しかし、ここで無理に関わり続けようとすると、2つの逆効果が生じます。
1.「感情的補強」が起きる
離れようとした人から執着されると、相手はますます「自分は正しかった」と感じてしまいます。
「やっぱり重い人だった」「自分が去ったのは正解だった」と思い込むようになります。
2.自己肯定感のさらなる低下
連絡が返ってこない、無視される。この体験を繰り返すと、あなたの心は少しずつ削られていきます。
“誠意を尽くした結果、傷つく”という、なんとも耐え難い構図になってしまうのです。
この悪循環に陥らないためにも「執着しない」という選択肢が最も健全です。

執着を断ち切るために3つの切り替え視点
どうすれば気持ちを整理し、粘着的な思考から抜け出せるのでしょうか?
1.「関係性の精算」は片方の意思だけで成立する
別れというのは、片方の意思が明確であれば成立するのものです。
辛いことですが、あなたが関係を続けたいと思っても、相手にその気がなければ終わるのが自然なのです。
逆に言えば、相手が去る事を選んだ時点で、その人は「あなたの人生から外れることを選んだ」という訳ですので、しがみつく理由はありません。
2.過去を「後悔」するのではなく「記録」として見る
「何が悪かったのか」「どうすれば違ったのか」と振り返るのは、反省ではなく自己否定の引き金になりやすいです。
過去の関係は、ただ「こういう人がいた」「こういう別れ方だった」という記録として整理することで、自分を守る事ができます。
3.「次に出会う人」のスペースを空ける
誰かに執着している間、あなたの感情と時間はすべてそこに注がれています。
これでは、新たに出会うはずだった人との御縁が遮られてしまいます。
別れを潔く受け入れるとは、未来の人間関係のためのスペースを確保することでもあるのです。

まとめ
誠意を尽くしたなら、もう十分です。
人間関係に置いて、誠実に相手と向き合うというのは、最も尊い態度です
それでも離れていった人がいるなら、あなたにできることはもうなかったということ。
もしくは、その人にはあなたの“誠意”を受け取る器がなかったということです。
誠意を尽くしたあなたが損をしたのではありません。
あなたの価値は、誰かに認められなくても、誰かに受け入れられなくても、変わるものではありません。
誠実に関わろうとする姿勢が、あなたの“次の出会い”の質を決定付けます。
誰かが去っていった時、粘着質になるのではなく、心のなかで静かに「ありがとう、さようなら」と思える人でありたいものです。
この心の在り方が、あなたの人生を豊かにしていきます。
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