なぜ今、あなたの隣に「その人」がいるのか
今あなたの周りにいる人達は、“キセキの塊”といえる。
きれいごとに聞こえるかもしれない。
「今のメンバーがキセキ?なんの冗談??」と思う人もいるでしょう。
方向性が合わない上司。
空気を読まない同僚。
価値観の違う部下。
毎日顔を合わせるその存在を、「キセキ」などと思えない日もある。
それでも、キセキなんです。
少しだけ時間を巻き戻して考えてみてください。

10年前、あなたの隣にいた人は誰か
10年前、会社や学校、コミュニティーなどで毎日顔を合わせていた人の名前を、今すぐ何人言えるでしょうか?
きっと濃い時間を過ごしたはずなのに、今は連絡先すら知らない人もいるはず。
20年前の仲間はどうでしょう。
30年前の仲間はどうでしょうか。
その時、その瞬間、その境遇で集まっていた人たち。
「この仲間とは明日も当たり前に続く」とどこかで思っていたのではないでしょうか?
しかし現実といえば、、、、、
卒業。
就職。
異動。
退職。
転職。
病気。
家庭の事情。
死別。
感情のもつれ。
あらゆる人生の事情であなたの仲間たちは入れ替わりしていることでしょう。
すなわち今の仲間やメンバー、家族が10年後も揃っている保証は、どこにもないのです。
今この瞬間がとても尊いものです。

それでも今この時間を共有している
今あなたの隣にいるその人は、
まったく別の人生を歩んできた。
ある人は挫折を抱えている。
ある人は家庭の重圧と戦っている。
ある人は夢を諦めた過去を胸にしまっている。
ある人は国と国の壁を感じて孤独感を抱えている。
それぞれが人生の中で無数の選択を重ね、
無数の出会いと別れを経て、
今この時間を共有している。
誰かが一つ違う会社を選んでいたら。
誰かが別の土地に引っ越していたら。
誰かが退職を思いとどまらなかったら。
今の組み合わせは存在していない。
それでも今、同じ場所の空気を吸い、同じ場所で仕事をしている、同じ空間で生活している。
これをキセキと呼ばずに、何と呼べばいいでしょうか。

組織に心を削られた過去
かつて、上司が変わるたびに方針も変わる環境で働いたことがある。
昨日まで正解だったものが、今日は否定される。
結果主義だった方針が、忖度主義の方針に切り替わる。
そのたびに振り回され、
カメレオンのように上司によって態度が変われる同僚にも嫌気がさした。
昨日までの上司にはペコペコとおべっかとしていたと思ったら
今日から来た新しい上司に、昨日までの上司の悪口をいう。
「こんな組織、早く抜けたい」と何度も思った。
今振り返ると、
あの時、隣にいた同僚たちもまた、それぞれの事情を抱えていた。
誰かは家庭を守るために必死だった。
誰かは自分の居場所を守るために戦っていた。
ぶつかり合った時間も、
今では二度と再現できない時間になった。
当時はもちろん気付けなかった。
あの時もまた、人生の通過点であり、キセキだった。
あのキセキの延長線上に今のキセキが繋がっている。

「当たり前」という目隠し
人は環境や状況に慣れる生き物。
毎日会う人を、単なる風景にする。
存在が空気になる。
彼氏や彼女
旦那さんや奥さん
社長や上司
相手も何万時間も生きてきた一人の人生。
有限の時間を、たまたま同じ場所で共有しているキセキの存在なのに。
それに気付かないまま時間が過ぎると、100%の確率でやってくる別れの時に
「もう少し話せばよかった」
「感謝を伝えればよかった」
こんな後悔をしている人も多いのではないでしょうか。

それでも合わない人はいる
もちろん、綺麗ごとだけではない。
合わない人はいる。
理不尽な人もいる。
良きも悪きもその人との時間も、永遠じゃない。
永遠ではないからこそ、
必要以上に心を疲弊させなくていいとも言える。
あなたにとって、その人の存在はメッセージが隠されている可能性もある。
「もうそろそろ、この場所から巣立つときだよ」
「あなたの輝く土俵はここじゃないよ」
「あなたの才能や能力を伸ばす怒りのきっかけを与えてるよ」
といった、遠回しのメッセージなのかもしれない。

気付く力を磨く
キセキに気付けるように意識することは三つ。
・このメンバーが永遠ではないと自覚する
・相手の置かれている背景を想像する
・一言、心だけで思っていた具体的な感謝を言葉にして伝える
それだけで空気は変わる。
関係が劇的に改善しなくてもいい。
だが、自分の在り方は変わる。
相手は変えることができないが、自分は変えられる事ができる。
自分が変われば、自ずと相手も変わっていく。

今という交差点
10年前のメンバーはもう違う。
20年前も違う。
翻って10年後もきっと違う。
だから今に目を向けてみる。
今、目の前にいる人たちは、
無数の選択の末に交差して集結したメンバー。
この瞬間は、10年前も10年後も再現できない。
その存在を当たり前にしないように。
有限の時間だと知ること。
それだけで、人生の密度は変わる。

まとめ
明日、自分のコミュニティーに入ったら周りを見渡してほしい。
そこにいる一人ひとりは、
あなたの人生という物語の1ページを共に歩く存在。
キセキは特別な出来事ではない。
毎日顔を合わせている、その人のことだ。
毎日、当たり前に起こっているキセキに気付けるかどうか。
それが、
受動的に生きている人生か
能動的に生きている人生か。
今日という一日は二度と戻らない。
そして今、隣にいるその人と過ごす時間も、永遠ではない。
だからこそ
最高の挨拶から始めよう。


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