世の中には、知識が豊富で話に深みがある人と、どこか薄っぺらく聞こえてしまう人がいる。
違いは何か?
大げさに聞こえるかもしれませんが、「文字を読む習慣があるかどうか」は決定的な差を生む要因の一つになります。
読解力と語彙力の差は読書量の差に出る
実際に読書量が多い人は語彙力が高く、抽象的な概念も理解しやすいです。
語彙力が高いというのは、ただ難しい言葉を知っているという話ではありません。
相手の言いたい事を正確に汲み取る力や、自分の考えを言語化できる力があるということです。
例えば、ビジネスの現場では「要点を3行でまとめて」と言われた時に、瞬時に構造を整理して伝えられる人と、ダラダラ話すばかりで要点がまとまっておらず結論が出せない人の差が如実にでます。
これも文字を読む習慣が有るか無いかで大きく変わってきます。

情報社会だからこそ「読めない人」が取り残されていく
皮肉な話で、現代のように情報があふれる時代ほど「文字が読めない人」は不利になっていきます。
ニュースひとつをとっても、タイトルだけを見てわかったつもりになりがちです。実際には本文をしっかり読み込まなければ背景も真意もわかならいのに、表面的な理解で議論しようとする。
「動画で観ればいいじゃん」と思うかもしれませんが、「動画を観るだけ」と「文字を読む」ことでは
「情報の処理方法」「記憶の定着」「理解の深さ」に差が出てくることが判明しています。
・「動画を観るだけ」では受動的になりやすく、記憶や深い理解は得にくい場合があります。
・「文字を読む」ことは能動的で、記憶や理解を深めやすいという違いがあります。
SNSでは「読解力がない人ほど怒る」という現象もよく見られます。文脈が読めないから、自分の勝手な解釈で怒る。
日常世界でも似たようなことが起こっているはずです。

読書は自己防衛でもある
本を読むという行為は、知識を得るだけではなく「物事の裏を考える力」や「他人の立場になって考える力」を育てることができます。
読書が習慣の人は、詐欺にも引っかかりにくいし、人間関係でも騙されにくいです。
換言すれば「読書=自己防衛力」です。
本を通していろんな著者の、いろんな人生に触れておくと実際の人生の選択肢が広がります。
「こんな人もいた」「こんな失敗もある」「こういう考え方もある」
この蓄積が、いざという時に役に立つのです。
ただし、「多く読めば良い」わけではありません。
ここでひとつ誤解してはいけないのは「読書=とにかく多く読むこと」ではないということです。
大切なのは、どれだけ深く読み、何度も読み返し、どれだけ“自分の血肉”にできたかです。
浅く多読するだけでは、知識は定着しませんので一冊の本でも、じっくり読んで考え、実生活に応用しようとする人のほうが、遥かに深い知識を身に着けます。

まとめ
結局のところ、文字を読まない人が知識を増やせないのは「思考の習慣」がないためです。
目で追い、頭で理解し、自分の言葉に置き換える。こうした地味で地道な訓練をしていないと、知識は定着しないし、判断力も養われません。
知識はあなたの人生を守ってくれます。
誰に何を言われても知識があれば、応報することもできるし、応報しないことも選択できます。
知識がないときは、応報しない選択ではなく、言い負かされて何も言えなくなってしまっていただけです。
文字から逃げず、読んで、考える。
ここまで読んでくれた熱心なあなたは、もう知識の一歩が始まっています。
自分の内側からふつふつと湧き上がる感情を言語化できたら世界も一変していきます。

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